第二十二話 「せんそうたいけん」(その4)
2026/08/29
雅也は、先に寝室に引き上げた妻のいない応接室で、一人でウイスキーを飲んでいた。
テレビも消して、ウイスキーの氷に昼間の映像を映していた。
(本当は・・・・・・頭に浮かんだのは、空手部の話じゃ、ない。)
ただ、その浮かんだ話を宮内にしたいとは思わなかった。・・・・・・なぜか、人の裏切り、・・・・・・心変わりに直面するといつも、その話が頭に浮かぶ。
雅也は、ウイスキーをぐっと飲んだ。
(それにしても・・・・・・、なぜ祖父はこの話を、自分にしたんだろう?)
それもそれを聞いたのは、雅也がまだ十三歳、中学一年の頃だった。目を閉じると、話をしている時の祖父の、何とも言えない表情が浮かんでくる。泣きたいのに泣けないような、
苦しいのに笑っているような、そう、何とも言えない表情だった。
「おじいちゃんは、二十歳で戦争に行ったんだよ。」
そういう言葉を祖父が言ったように記憶している。しかし、祖父が改まって自分に何かを伝えようとしていたかどうか、それは分からない。
「・・・・・・おじいちゃんは、お酒が一滴も飲めないんだ。だけど、上官の命令は絶対だ。石川、まあ飲め、と勧められる。その時は、上官の機嫌が良かった。おじいちゃんの働きを称えたい、そんな感じだった。その上官には、もともと特別気に入られてな。何かと特別扱いされたもんだ・・・・・・。
・・・・・・戦争だからな、ライフルを構えて塹壕から打つんだけど、鉄砲の玉が目の前を通ることもある。仲間が死ぬこともある。」
「死ぬの?」
「死ぬよ。戦争だからな。勇敢な奴ほど死んだ。頭を塹壕から出して打てば、当たる確率が上がる。おじいちゃんは、頭を出さないで銃だけ出して打っていたな。」
「良いの?そんなことして」
「そうすると、さっきの上官が後ろからケツを蹴上げるんだ。前見て打たないで当たるわけないだろって、鉄砲の弾も怖いし、上官も恐ろしい。そして、ホントに不思議なのは、後ろで歩きながら兵士たちのケツを蹴上げてる上官には、弾が当たらないんだよな。」
「・・・・・・そんなことある?」
「あれは不思議だったよ・・・・・・。
・・・・・・その日は、戦果が上がった日だったのか、自分たちには分からなかったが、上官がおじいちゃんを自分の部屋に呼んでな、酒を飲めって言うんだ。」
「さっき言ってた、話だね」
おじいちゃんは、頷いた。
「おじいちゃんは、飲めないんだ。ホントに一滴も。だから、自分は飲めませんて言った。そしたら、壁に掛かっていたサーベルを取って、オレのサケが飲めナイのかッ!って、鞘から抜いて・・・・・・」
「ホントに?」
「これが、ホントだから、始末に負えない。おじいちゃんは、びっくりして、机の上の酒を一気に飲んで、そのまま倒れて気を失ったらしい。」
「ほんとに?」
「全部、ほんと。翌日、あの上官が、おじいちゃんに謝って来たよ。昔は、上官が部下に謝るなんてことは絶対にないんだけど・・・・・・」
「・・・・・・その上官の人、本当は良い人なの?」
「イイ、ヒト?あの人が?おじいちゃんには、鬼みたいにみえたなあ・・・・・・。
今でも忘れないよ。
話せば切りがないけど、良い話はあまりないな。
やがて、知ってると思うけど、日本が負ける日が近づくにつれて、おじいちゃんたちもますます苦しくなっていくんだ。」
「日本が負けるの・・・・・・悔しいね。」
「・・・・・・、ああ、そうだな。だけど、もう少し、あとちょっと戦争が長引いていたら、おじいちゃんは、死んでた。」
「そうなの?」
「ああ、間違いなく、死んでた・・・・・・。
しかし、死んだ仲間たちのことを考えると・・・・・・、悔しい、か・・・・・・そうかもしれない。今まで考えたこともなかったが・・・・・・。」
おじいちゃんは、一瞬椅子から立ち上がるような仕草をしてから、また背もたれに寄りかかった。その目は、遥か遠いところを見つめていた。(つづく)
----------------------------------------------------------------------
株式会社イシイエンジニアリング
神奈川県横浜市都筑区川向町922-27
電話番号 : 045-594-7255
FAX番号 : 045-594-7256
----------------------------------------------------------------------

