第二十四話 「ボブディランを聴きながら」(その1)
2026/09/06
K駅には、出口が二つある。バスのロータリーがある比較的人の乗り降りの多い東口と、さびれた西口。さびれた方を出て、線路沿いを歩くこと五分、さらに細い路地に入ったところに、その喫茶店はあった。
前後左右、住宅の中にポツンとあるのだが、変に目立つこともなく、風景に溶け込んでいる。家は古いものが多かったが、閑静な住宅街で、住人達も穏やかな年配者が多かった。
喫茶店「天国の扉」の客のほとんどは常連で、その多くが近所の住人だった。
店は朝九時に始まり、夜九時に終わる。
その間、ボブディランの曲が、静かに流れている・・・・・・
とある平日の木曜日。壁に掛かった大きな時計は八時半を指し、あまりお客の来なかった一日が終わろうとしていた。
その時、不意にドアが開いた。
「マスター、こんばんは。まだやってますかー?」
客は近所の中学生、安弘だった。
「どうした、安弘?こんな時間に。子供は家で勉強しなきゃいかんぞ」
「・・・・・・マスター、俺、もう中二ッスよ」
「だから?」
「だから、子供じゃ、ないッス」
「・・・・・・子供だろ。親に面倒みてもらってるんだから」
「・・・・・・まあ、そうか~。・・・・・・って、そんなんじゃないんスよ」
「じゃあ、何スか?」
「いや、だから、もう・・・・・・。まだ、やってますか?って言ったじゃないスか。」
質問しながら、安弘はもうちゃっかり座っている。
「・・・・・・飯、まだなのか?」
「かあさんと喧嘩して。」
「で、食ってないのか?」
黙って、うなずいた。
「ほんとか?もう食って、足りなくって来たんじゃないのか?」
「違いますよ!」
マスターは、水を置いてカウンターの奥に入った。
「ラストオーダーの時間が過ぎたから、俺のまかない飯みたいのしかないが、良いか?」
「ハイッ、お願いします!」
言ったとたん、腹が鳴った。
「なんだ、ほんとに食べてないんだな。」
マスターは、自慢の口髭をなでながら、苦笑いした。
マスターが自分のために用意しておいた夕食を分けて、ありあわせの素材で大盛のスパゲッティを作ると、
「おお!うまそう!いただきますッ!」
安弘は、飲むように食べた。
「少し噛んだ方がいいぞ。」
「・・・・・・うん」
遭難者のような食べっぷりだ。
(こりゃあ、足りないな・・・・・・)
マスターは、自分もスパゲッティを口に入れて立ち上がり、定番メニューの「フランクフルト・パン」を作り出した。
カウンター越しにマスターを見ていた安弘は、
「マスター、それ美味しそう!俺も欲しいッス!」
「あほか!お前の分だよ」
「ええっ?・・・・・・アザッス!」
目を輝かせて、一段と目の前の皿に顔をうずめるように、ピッチを早めた。
「おい、ゆっくり食えって!ほんとに、喉に詰まるぞ。」
(こんな調子で、どんなことでお袋さんともめたんだ?)
マスターは、夢中でがっつく安弘を見ながら、ゆっくりとスパゲッティを口に運んだ。(つづく)
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