第二十二話 「せんそうたいけん」(その5)
2026/08/29
おじいちゃんは、少し 間、沈黙していた。
「おじいちゃん、水、持ってくる?」
「ああ、頼むよ」
幼い日の雅也は、水道の蛇口をいっぱいにひねって、水を汲み祖父に手渡した。
「ありがとう。」
おじいちゃんは、美味しそうに水を飲んだ。
それから、ゆっくり背もたれに深く身を任すと、つづきを話し出した。
「・・・・・・戦争の終わりごろにな、食べ物がぜんぜん無くなった時があった・・・・・・。それでも、目的地があってそこに行軍するんだが、それはとてつもない難行だった。
だんだん目がかすんで、足に感覚がなくなっくる。リュックの中のものがお互いにぶつかる無機質な音だけが、規則正しく聞こえるなか、ただ自分を殺してひたすら足を前に出すことだけを考える。前に、前に・・・・・・。
たまに意識が飛んでいる時があるが、ふと気が付いた時、もう少しとんでいたかった、そんなことを思った。
その状態のころには、非常時の食料もなくなって、三日は何も、口にしていなかったんじゃないかな。おじいちゃんだけじゃない、みんな、ほんの少しの欠片も、何も口にしてなかった・・・・・・。
・・・・・・気がつくと、さっきまで苦しそうに横を歩いていた奴がいない。また、気がつくと後ろにいた仲間が、違う人に変っている。
・・・・・・。
・・・・・・おじいちゃんももうダメだ、と思い始めたころ、上官が休めって声をかけたんだ。」
ふとおじいちゃんを見ると、窓から差す夕日が顔を赤く染めていた。よーく見つめたが、その表情ははっきり見えなかった。
「・・・・・・そこは、森の中だった。一番近くの木に寄りかかって座ると猛烈に眠くなった・・・・・・。
寝たらダメだと思った。遠くで、大砲を打つ音が聞こえる・・・・・・。
大砲を打つ時は、なぜか雨が降ってな。なんでか分からないけど、もしかしたら、大きい弾丸が空を行ったり来たりするから、大気に変化が起きるのかもしてない・・・・・・、いつも雨が降るからそんなことを考えたことがある。
この日も小雨が降っていた・・・・・・。
腹は減る、雨が降る、足はもう動かない。
また、「もうダメだ」と思ったら、おじいちゃんは、寝てしまっていた。
それが、どのくらいの時間だったかは、覚えていない・・・・・・。ただ、肉を焼くにおいで、目が覚めた。すぐ近くで火を起こし、肉を焼いている・・・・・・。
夢かな?と思った。あまりにもお腹が空いて、幻の世界にいる・・・・・・。
だけど、その鼻を刺激するニオイは、今でも忘れられない。空腹のせいで、気が狂うほど、食べたいって、思った。
しばらくして、上官がおじいちゃんに焼いた肉を持って来た。
「食え」とだけ言ってすぐに、他の兵士のところに行ってしまった・・・・・・。
おじいちゃんは、しばらくそれを見ていたが、気がつくとむさぼるように、食べていた・・・・・・。
・・・・・・あの後立ち上がり、目的地に着くことができた・・・・・・。
あの肉のおかげで」
「美味しかった?」
「ああ、美味しかったよ。この世のものとは思えなかった。今でも、あの時食べた肉以上に美味しいと思ったものは、ない・・・・・・。」
「もし、無かったら・・・・・・。」
「その時は、死んでいたよ。間違いなく。雅也もお前のお父さんも生まれて来なかったよ。」
「圭子叔母さんも」
「もちろん、圭子も生まれて来なかった。」
祖父は少し笑ったように見えた。
「・・・・・・間もなく、戦争が終わって、新しい時代が来た。おじいちゃんたちも、ラジオで天皇陛下のお言葉を聞いた。
泣いているものは、ほとんどいなかった。
上官を見ると、鬼のような顔をして、真っ直ぐ前を向いていた。」
おじいちゃんは、すっと右手を額に持っていき、敬礼のポーズをした。
「・・・・・・上官は、その日、自殺した。ピストルをくわえて、打ったんだ。」
「ええッ!」
「あの人に限らず、たくさんいたよ。戦争のあとに死んだ人は」
「えー、なんで?戦争は終わったのに」
祖父は、今度ははっきりと分かる笑い顔をつくった。
「・・・・・・戦争が、終わったから・・・・・・だろうな」
おじいちゃんは、ふぅーと肩の力を抜いて、さらに深く、椅子に身体を沈めた。
そして、いつもと変わらない窓の外を見た。
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