第二十四話 「ボブディランを聴きながら」(その3)
2026/09/06
「コーヒーって苦いッスね。」
「・・・・・・」
安弘は、ミルクを追加してグルグルかき混ぜていたが、気を取り直したように話を続けた。
・・・・・・何度か頭に手を当てて血が出てないか確かめたが、赤い液体が手のひらに付くことはなかった。その代わりに、大きなたんこぶが出来た。
「安弘、大丈夫?」
すこし冷笑が混じった渡辺の声を聞いたとたん、安弘はものすごい怒りに完全に支配されてしまった。
気がつくと、渡辺の左頬を殴りつけていた。
「きゃー!」
近くにいた女子が、悲鳴を上げた。
それを聞いて余計にテンパってしまった。後ろに吹き飛んだ渡辺の襟首をつかむと、なお殴りつけた。
騒然とした空気になったとすぐに感じて、少し正気に戻った。慌てて、渡辺から離れる。この状況では、当然渡辺は、被害者に見える。女の子たちは駆け寄り、大丈夫?などと言ったり、ハンカチで顔を押さえたりなどし始めた。
大して息苦しくはなかったが、気まずさから肩で息をするようなしぐさをしていた安弘に、いきなり大きな声が飛んできた。
「何をしてるの!?」
見ると、学級委員長の月山さんが安弘の後ろに立っている。
月山は、うるさい女で、どちらかというと男子にも女子にも良く思われてない女子生徒である。先生からは信頼されていたが、成績が特別優秀というわけではなかった。
たまにテストを返される時、点数を言う先生がいる。あまり勉強が得意ではない安弘が、先生に低い点数を告げられ、もっと頑張れと激励とも𠮟責ともつかない声を掛けられることがあるが、月山もしばしば同じようなことがあった。そんな時、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くして、俯いている・・・・・・。
しかし、この時の委員長は、むしろ先生よりタチの悪い存在に見えた。
「安弘君がやったの?」
「・・・・・・」
「そうなの?」
「そうだよ!でも、なんで、お前に答えなくちゃいけないんだよッ!」
安弘は、ひどく恥ずかしい気持ちになり、大声で言った。
「なに?その態度。暴力をふるっておきながら、威張って、最低ね」
「先にやってきたのは、渡辺の方だ。威張って言ってるのは、お前の方だろ」
「そうなの?渡辺くんが先にやったの?」
誰かが、殴られて後ろの机にぶつかった渡辺に、安弘がさらに殴りかかっていた、と説明した。
「酷いことするのね。大きな体で、そんなに殴ったらダメだって、分からないの?」
安弘は、周りの生徒たち全員が自分の味方ではない、と感じた。
「見てたやついるだろ。俺が最初にほうきで頭を殴られたんだって。あんたたち止めなさいって、言った女子もいたじゃん。」
しかし、誰も何も言わない。
「とにかく、職員室に行きましょう。」
月山が、一歩安弘に近づいた。
「・・・・・・」
「行きましょう!」
安弘の腕を掴もうとした。
「やめろよ!」
その手を振り払おうとした瞬間、安弘の右手は月山の頬に強くぶつかり、その華奢な身体は床に吹き飛んでいた・・・・・・。(つづく)
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