第二十四話 「ボブディランを聴きながら」(その4)
2026/09/06
安弘の担任の先生は、高森という女の先生である。国語の先生だが、数学者のように理詰めな人である。
安弘は、その後職員室に連行され、月山と渡辺は保健室に運ばれた。
「未成年じゃなかったら、ムショ行きだな。」
廊下に出た安弘の背中に、そんな声が飛んだ。
(マズイ、なんでこんなことになってしまったんだ。)
ちょっとした気の緩みが、大変な事態になっていくことを、身をもって知った気分だった。きっと戦争もこんなササイなことから始まるのだろう、などと絶望に身をゆだねていた。
・・・・・・、職員室で軽い𠮟責を受けたあと、高森先生は、待ってなさい!と言って、保健室に行ってしまった。一人取り残された安弘は、いたたまれない気持ちで高森先生の机の脇で立っていた。
その横では、隣のクラスの担任、山岸先生が何やら熱心にパソコンに文字を打ち込んでいる。
山岸は、三十代の社会科の先生だ。
たまに、ちらちら安弘の方を見るが、何か良からぬことがあったことを察してか、余計なことは言わなかった。そのうち、不意に席を立つと、職員室の隅から折り畳みの椅子を持って来た。
「高森先生、遅くなりそうだから、座って待ってろよ」
とぶっきらぼうに、椅子を広げてくれた。
「先生、僕なんかの味方すると、先生にもとばっちりきますよ」
それを聞いて、山岸先生は吹き出し、
「ああ?お前何やったんだ?あんまり笑わすなよ」
と、ハンカチで口をぬぐいながら、まあ、あんまり深刻になるな、と言った。
「で、座ったのか?」
たまらず、マスターは口を挟んだ。
「座りませんよ。また、腰を折るー。」
「いや、すまん、ダラダラ核心に入らないから、つい、な。すまんすまん。」
「もうー、話まとめるの、難しいんだから。止めてくださいよー」
と、安弘はなんとか気持ちを持ち直した・・・・・・。
戻って来た高森は、複雑な表情を浮かべていた。自分の席になげやりに腰を下ろすと、安弘にも、座りなさいとさっきの椅子の背中を自分に向き合うようにして、言った。
「・・・・・・あなたが、先に手を出したの?」
「・・・・・・」
「そうなの?」
「まあ、みんながそう言うから、そうなんじゃないですか。」
「みんなじゃなくて、あなたはどうなの?」
「僕は・・・・・・」
と、ことのいきさつを一通り説明した。横では、山岸先生も、もうすっかり熱心に聞いている。
聞き終えた高森は、
「私が二人から聞いた話と同じね」
と、少しため息をついた。
「えっ」
「良かったじゃないか」
山岸が口を挟んだ。
「山岸先生!」
非難のこもった声で高森が山岸の方を振り向くと
「あっ、申し訳ない」
とパソコンの画面に顔を戻した。
「渡辺君も月山さんも、だいたい同じ話をしたわ。」
改めて高森先生が言った。
「二人とも、あなたを責めてなかった。」
「そうですか・・・・・・。良かったです」
「良くないでしょ!なんで、暴力を振るうの?どういう理由があれ、ダメだってわからないの?」
「すみません」
「すみません?なんで、先生に言うの?相手が違うんじゃないの?」
「・・・・・・。」
「安弘くん・・・・・・、あなたは特に体が大きいんだから、人よりも力が強いのよ。加減をしないといけないってわかるでしょ。」
「・・・・・・はい」
「それと、・・・・・・ちょっと言いたくない話なんだけど・・・・・・」
高森先生は、大きくため息をついて、
「月山さんの顔、大きなあざができちゃったのよ」
「えっ?」
「安弘君は、わざとじゃないって言うけど、ちょっと先生もびっくりしたくらい、酷くて・・・・・・」
「・・・・・・」
安弘の背筋に、冷たいものが走った・・・・・・。(つづく)
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