第四話 「まだ帰らないんですか?」
2026/07/13
「お先に失礼します。」
「お先―」
チャイムと共に、解放された先輩たちの声が、工場に少しずつ響き始める。
午後五時三十分。
僕は入社してまだ三週間の新入社員だ。
残業しない機械が、数台止まるだけで、工場は思っていたより静かになる。
こんな変化が分かるようになって来たのは、少し気持ちに余裕ができてきたせいかもしれない。
工場の中央にある大きな時計も、少し緊張を解いていた。
私は帰る前にもう一度、今日自分が作った金型を眺めていた。
うまくいかなかったなぁ~。
失敗したものを前に呆然とする僕に、先輩は笑って言った。
「そう気にするな。初めからできちゃったら、俺たちの立場がないだろ。」
「でも、申し訳なくて」
「そういう気持ち、あったな~。懐かしいね~。ま、忘れないようにした方が良いよ、今の気持ち。」
先輩は、そう言って、タバコを吸いに行ってしまった。
気にするな、と言われても気になるだろう、給料貰うのだから。
失敗はしたが、何とかなおせると工場長に言われたのが、わずかな救いだった。
・・・・・・帰ろう。
目を逸らして、ジャンパーを脱ごうとしたら、工場の奥に小さな明かりが見えた。
勇次さんかな?
自分よりも、5歳ほど先輩の勇次さんのようだ。
入社は、高卒後すぐと聞いたので、もう十年くらいはキャリアを積んでいる人で、体育会系のがっしりした体格と明るい人柄のいわゆるカッコイイ先輩である。
「杉谷さん、まだ帰らないんですか?」
近付いて声をかけると、勇次は顔を上げて笑った。
「いや。」
そう言って、小さな部品を持ち上げた。
「もっといい形がある気がしてね。」
僕には、完璧、貴金属のように見える完成品が、先輩のレベルでは納得出来ないということだろう。
かと言って、悩んで苦しんでいる風ではない。
眺めて、考えている・・・・・・。
先輩は、結構大きな取引先を担当しているためか、他の人より温度が高い存在なのは、まだまだ未熟な僕にも分かる。先輩の体からは、エネルギーが湧き出している感じがある。
「大卒でうちみたいな工場で働くの、大変じゃない?」
勇次は、製品を見ながら不意に言った。
「えっ・・・・・・いや、楽しいと思って、会社来てます。」
「えっ、楽しいの?えらいなぁ。俺は初め先輩がみんな鬼みたいに見えて、キツイばっかりだったよ。」
僕の顔を見て、笑った。
初めて、先輩と話が出来て、少し興奮の入り混じった嬉しさがあった。
「頑張ります!お邪魔しました。お疲れ様です。」
慌ててそう答えて、ロッカーへ向かった。
帰り際、もう一度先輩の作業場を見ると、品物を機械にセットするため、体を機械に突っ込んでいた。
(お疲れ様です。)
こころで、呟いて会社を出た。
いつもよりゆっくり歩きながら、僕の今日、自分が失敗した原因をもう一度考えていた。
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