第十五話 「銀さん」(その2)
2026/08/01
(この時間、いると思ったよ)
ある日、裏口を開けると遠くでタバコをふかす船長を確認した。
瞬も学生時代は多少やんちゃをした経験がある。
(佐々木さん、ビビり過ぎですって)
持ち前の、後さき顧みない短所で、船長に近づいて行った。
「こんにちは」
「・・・・・・。」
「大丈夫なんですか?こんな時間にこんな場所で・・・・・・タバコ。」
「・・・・・・、俺はな。」
思った通り、少ししわがれた渋い声だった。
瞬は、少し額に汗を感じながら、
「僕も吸いたいんですが、何せ上司がうるさくて」
と、愛想笑いを浮かべた。
男は、黙って自分のタバコを一本差し出し、
「俺のせいしろ。そうすりゃ怒られないから。」
と言った。
瞬は、少し慌てたが。あまりにも思った通りの展開になったからである。
「じゃ、いただきます。」
と、図々しくもらった。
「うまいっすね。」
「・・・・・・ああ」
「喫煙者に厳しい世の中ですよ。」
「・・・・・・、しかし、珍しいな・・・・・・、俺に話しかけてくる若い奴なんて。」
瞬は、答えに迷い、せき込んだ。
「何か聞いてないか?俺のこと。あまりよく言われてないはずだが。」
「・・・・・・、いえ、特に。前から、僕が勝手に羨ましいなぁ、って思っていたので、・・・・・・はい。」
(やっぱり、マズかったか?・・・・・・止めれば良かったかも)
・・・・・・気まずい空気が流れた。
ようやく、男が先に吸い終えると、ポケットから吸い殻入れを取り出し、火を消した。
「持ってるか?」
「あっ、はい、あります。」
「どこの部署だ?」
「第二工場で、旋盤を、やってます。見習いです。」
「山城工場長のとこか?」
「はい、そうです。」
「ふーん。・・・・・・、そうか。」
そう言うと、びっこを引きながら去って行った。
翌日も瞬は、半田のところへ行ってみた。
「・・・・・・。」
「こんにちは。」
まるで初めてあったかのような目で、瞬を一瞥して、黙っている。
(シルバー船長、ご機嫌斜めだな。)
「今日は、第三工場に部品を取りに行くところで、たまたま」
シルバーは、一応瞬の顔を見たが、不機嫌そうに空に煙を吐いた。
「では、また」
一週間くらい経った頃、瞬は前回の気まずさも忘れ、のこのこシルバー船長に近づいて行き、
「こんにちは。暑いですね、毎日。」
「おう、お前か・・・・・・また、来たか。」
「はい。」
「吸いたくなったんだろ?」
「分かりますか?」
「ふん」
男は鼻で、笑った。
それから、一か月ほど経った頃には、瞬は、シルバー船長と呼んでいたのを、銀さんと呼んでいた。それは、むろん心の中でのことである。
半田は無口な男で、瞬自身のことを聞いて来たりしなかった。その代わり、自分のことも話そうとしなかった。唯一、麻雀が好きらしく、瞬も一時大学の授業にも出ず、雀荘に入り浸ったこともあったおかげで、細い接点ができた。タバコを吸いながら話すのは、麻雀の話ばかりだった。
しかし、半田が話すそれがまた、面白いのである。瞬がしていた麻雀は、学生なら経験がある人も多い、ゲームの延長といった程度のものだったが、半田が話には、麻雀牌の音や部屋の空気感まで伝わってくるような魅力があった。
「捨て牌だよ、結局、麻雀は。」
「良くそう言いますよね。」
「ククッ、まあ、世間一般の話も良いが、俺が見るのは癖だよ。」
「捨て牌の癖?なんかマニアックな話ですね。」
「マニアック?面白い言葉を使うな、お前。マニアックじゃ、ないぞ、この話は・・・・・・」
「何か、秘技みたいのがあるなら、教えてくださいよ。半田さん」
「秘技?そんなものは、ねぇ。仮にあっても教えてないよ。何で教えなきゃならねえんだ?」
「いや、だって、教えたいでしょ、半田さん、僕に」
「なんでだ?」
「えっ、もう師弟関係みたいな感じじゃないですか?」
「何言ってやがる。」
半田は、呆れたように笑った。
・・・・・・瞬は、すでに、半田に会うのが楽しみになっていた。
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