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第十五話 「銀さん」(その1)

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第十五話 「銀さん」(その1)

第十五話 「銀さん」(その1)

2026/08/01

 今年入社したばかりの加納瞬には、悩みがあった。

学生時代には、いつでも好きな時に吸えたタバコが、会社では吸えないのである。

「ちょっとだけ、吸ってきていいですか?」

入社後間もなく、直属の先輩佐々木さんに直訴したことがあったが、顔に「噓だろ?」の文字がハッキリと書いてあった。瞬は、顔に言葉が現れることがある、ということをこの時初めて知った。

 あれ以来、先輩に質問すること自体に恐怖を感じるようになってしまった。人はそれをトラウマと呼ぶのだが、勉強が嫌いな瞬がその言葉を知るのは、だいぶ後のことである。

 そんな瞬が、ある晴れた日、第二工場から部品を取って来るよう命じられた。裏の桜並木の方から回った方が近い、とズボラな瞬は思い裏口のドアを開けた。

その途端、初夏の日差しが目に飛び込んできた。もう暑くなるのか~、と長い夏を嘆いて歩き出すと、誰かがベンチのあたりに立っている。その男は、見たことがある人だったが、話をしたことはなかった。

男は、ベンチの背もたれに右手を突いてタバコを吸っていた。そこは、喫煙所ではない。しかも、勤務時間中である。

(えっ?どゆこと?)

しかし、ジロジロ見ていい人ではないことぐらいは、さすの瞬にも分かった。自分の心の中は、おくびにも出さぬよう気を使いながら、空を見上げて悠々とタバコの煙を目で追っている男の前を、あえてゆっくり通り過ぎた。

だがしかし、瞬の顔にもハッキリと書いてあったのだ。「噓だろ?」という文字が!

 

 そのことがあって、瞬は、その男が気になるようになった・・・・・・。

休み時間は、会社で唯一の喫煙タイムだ。その十五分前には、ソワソワしだすのを止めることが出来ない。瞬は体で休み時間の十五前を感じ取れるというへんてこな能力をいつの間にか身に着けていた。

 その男は、気を付けているとしょっちゅう見かけた。目立つのである。杖は突いていないが、片足、・・・・・・左足の方を引きずっている。その特徴的な歩き方と少し長めに伸ばした真っ白い髪、そして上背のあるがっしりした体格。しかし、年齢など、その他のことは、何も分からなかった。

(肩にオウム乗せてぇ~)

瞬は、勝手に、シルバー船長というあだ名をその男に付けた。

 

そんなある休み時間に、先輩の佐々木先にさり気なく、

「よく見るんですけど、あの人・・・・・・」

と、食堂の隅で昼食を食べている男を示して聞いた。

「うん?誰の事?」

怪訝そうな佐々木に

「あの一番向こう、窓際の列の奥に座っている白髪の・・・・・・」

佐々木は、首を回して確認すると慌てて瞬の方を向き、

「えっ、半田さんのこと?お前、何かあったのか?あの人と?」

少し慌てた様子で言った。

「いえ、何もないですよ。半田さんって言うんですか?」

「お前・・・・・・、ふざけるなよ。あの人、変わってるんだから。変に関わり持とうとか、するなよ。結構やばい人らしいぞ。聞いた話だけだけどな。工場長や主任に逆らったり。社長に食ってかかった、なんて噂もあるぞ。これは、確かじゃないけどな。・・・・・・。」

要するに、くせ者ってことか、と瞬は思った。が思った通りだった、とも思った。

「お前、頼むから問題だけは起こさないでくれよ。」

佐々木は、ガツガツ飯を頬張る瞬に、念を押すように言った・・・・・・。(つづく)

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