第十八話 「新聞部」
2026/08/05
「八木下君、工場長が呼んでるよ」
大きな架台を検査中だったので、少しムッとした男は、わざと少し遅れて行った。
「なんですか?今T7の検査してるの知ってますよね?」
「すまん、すまん。どうしても、今日中に、八木下、ちょっと頼みがあってな。」
と珍しく下手に出る工場長に違和感を覚えながら話を聞くと、案の定めんどくさい話をされてしまった・・・・・・。
八木下は、会社の新聞部に所属していた。所属といっても、命令されてやっているわけではない。履歴書に高校の時の部活動を書く欄にそのことを記入したら、
「やってくれないか」
と頼まれた。そして、そのまま二十年、続けている。八木下に頼んできたのは、当時専務だった、現社長の黒鉄正男だった・・・・・・。
「しかし、やっかいな頼まれごとをした」
と八木下は思った。しかし、(面白い・・・・・・)と内心ほくそ笑む自分もいた・・・・・・。
「今回の新聞は、面白いな」
社長の黒鉄は、社長室でお茶を飲みながら娘の若葉に言った。
「お前、読んだ?今回の社内報」
「ええ、読みました。」
「どうだった?」
「どうって?」
「いや、社内報を始めて二十年、根津さんが投稿するなんて始めてだよ。びっくりしたよ」
「そういえば・・・・・・。根津さんって、何か書くイメージないですね。確かに、以外かも。」
「しかも、良く書けてる。」
と、改めて読み返した・・・・・・。
題名は「そして、感謝」
「この度、九月をもちまして定年退職するにあたり、皆様に感謝の気持ちを伝えたくて、慣れない筆をとりました。
社内報は、三ヶ月に一回。今回の七月号に間に合わなと次がない、ということで慌てて書きましたので、書きたいことも書かなくてはいけないことも、書ききれない、そんな気持ちでございます。
さて、思えば私が我が黒鉄製作所に入社したのは、四十年以上前のことです。当時、私は何が何でも東京に行きたいと思い、無我夢中で上京しました。長渕剛の「とんぼ」という曲は、私たち田舎から出て来た者たちにとっては、ホントに骨身に沁みる曲でした。
この会社に縁があり、東京ではなく横浜でしたが、都会で就職させてもらえたことは、涙が出るほど嬉しい、と感激したことは今でも覚えています。。当時の社長は、今は亡き先代の黒鉄康夫会長でした。会長には、本当にお世話になった。田舎者の私を、まるで自分の息子のように可愛がってくださいました。
私は、会長のために働くことが生き甲斐でしたし、それだけで幸せを感じることが出来ました。
会長が亡くなった時は、道しるべを失ったように感じました。
しかし、その後、現社長黒鉄正男さんが、その跡を継ぎ一生懸命やってくださるのをみて、私たち古株がどれ程救われたことか・・・・・・。我々は、仕事に人生をかけることに生き甲斐を感じる古い人間です。会社のために、社会のために、子供たちの未来のために、頑張ることに生き甲斐を見出したいのです。だから、社長の姿勢が正しいことは、我々の喜びと一本の線でつながるのです。
私は、この会社で働けたことに、感謝したい。
そして、幸せな時間を過ごせたことに、感謝したい。
これから未来のある皆さんにも、幸せがたくさん待っている、そう確信しています。
・・・・・・このあと、この記事は、定型的な文で締めくくられていた。
正男は、含み笑いをした。
(あのひどい酒飲みの根津が、会長にさんざん怒られて、仕事中までコッソリ酒を隠し持って、挙句に飲んで大暴れして、・・・・・・大変な問題児根津が、こんな殊勝な文章を書くなんて、・・・・・・ありえないな。これは、新聞部八木下が一枚嚙んでるな?)
正男は思った。
果たして後日、八木下を問い正すと、今回の記事を書いたのは八木下本人だと白状した。
「根津さんというより、工場長に頼まれまして・・・・・・」
と頭を掻く八木下を責める気にはなれなかった。しかし、八木下は言うのだ。
「しかし、あくまで文章にまとめたのはが自分ですが、根津さん本人の口から出たことばです。根津さんに、これ本当に書くんですか?と聞いたら、俺は書けねえ、っていうか文章なんて書いたことねぇ、なんて言うんで・・・・・・。
ですから、なるべく本人の思いが伝わるように、あまりアレンジしたりしないようにしたつもりです・・・・・・。」
社長室に戻った正男は、改めて社内報を読み返した。
「あら、また読んでるの?」
お茶を運んで来た若葉が社長の背中に話しかけた。
「・・・・・」
「社長?」
少し俯きながら、正男は、黙って、しばらく記事を見つめていた・・・・・・。
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