第八話 「ビコーズ」
2026/07/17
世界が回るから、僕はうっとりしてしまう 世界が回るのだから
風が強いから、僕の心まで吹き飛ばす こんなにも風が強いから
愛は古く、愛は新しい 愛はすべてで、愛は君さ
空が青いから、僕は泣いてしまう 空がこんなにも青いから
Written by John Lennon
朝六時三十分、勤務開始。守衛の朝は早い。
まだ早いこんな時間に、もう暑くなってきている空気を感じながら、門を開けた。
社員の中には、間もなく出勤して来るものもいる。
「おはよう。」
「おはようございます。」
守衛は、必ず、社員の誰かと交わすこの「おはようございます。」から一日が始まる。
不思議な仕事だと思う。
自分の前を通る人たちは、この門をくぐる時、雰囲気が変わる。
もちろん、無心に歩いて行く人もいる。
社長たち重役や古株の職人たちのような例外もあるが、彼らも何か特別な日は、いつもと違う雰囲気をまとっている。
守衛には、そんな些細なことが分かる。
他にもある。
守衛は、彼らの表情を見ただけで、変化を感じ取ることができた。
嬉しい、悲しい、怒っている、緊張、良いことがあった・・・・・・。
歩き方一つ取っても、それを伝えてくる。
毎日毎日、単調な繰り返しの日々・・・・・・、しかし、同じ一日はないのである。
守衛は、最近気ある若者が気になっていた。
見た目は、背も高く爽やかな青年なのだが、いつも下を向いて表情も暗い。
「おはよう」
守衛の声はいつも、空に消えていくばかり。
・・・・・・ある日の午後、守衛は、工場長と立ち話をしていた。
「今年の新入社員は、なかなか筋が良いんだよ。」
「嬉しそうですね、工場長。では、当てましょう。現場に入ったのは、全部で六人?」
「おお!さすがだね。分かる?連中の配属先のチーフたちも、かなり力が入ってね。今年は豊作って、話題になってる。まあ、楽しみだよ。」
「年を取ると、楽しみも変化するもんですね。」
「・・・・・・そう言われると、確かにそうだなぁ。若者たちの成長は、一番気になるところだねぇ」
工場長はうなずいた。
「我々にもあったんですよね。ルーキーの時代が」
「忘れたよ。そんな昔のことは。」
二人で笑った。
「人柄も良いですか?最近の子は、素直でいいんじゃないかって思いますが?」
「うん、そうなんだが・・・・・・」
「どうしたんです?歯切れが悪い、何か気になることでも?」
「何となく、感じない?」
そう言われて、守衛は、軽く頷いて空を見上げた。
午後の日差しは暑く、夏はもうそこに来ていた。
この場所から見上げる空が、守衛は好きだった。
高く、そしてどこまで青く広がっている。
昔も今も変わらない・・・・・・。
「しかし、工場長、あなたも昔は挨拶、苦手でしたよ。」
「・・・・・・、忘れたよ、そんな昔のことは。」
赤面する工場長の顔と若者の顔が重なった。
翌日、いつもの時間に守衛は門を開ける。
「おはようございます。」
今日も、一日が始まる。
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