第十二話 「言い訳」
2026/07/28
工場裏の桜の木では、蝉が朝からうるさく鳴いている。今日も暑くなる気配が、社員たちの気持ちにも少しだるく覆いかぶさっていた。
(こんな日は、慌てて仕事をしないに限るな)
と、吞気に考えているのは、佐野圭介である。少し仕事をしては、水筒にてを出して、一向に効率が上がってこないまま十一時になろうとしていた。
(やばい、このペースだと、間に合わない。出来るって、勇次さんには言っちゃったけど、所詮無理な納期を押し付けてくるお客がどうかしているわけで・・・・・・)
などと、言い訳を考え始めた矢先、少し離れた作業場から、大きな音がした。
「お前、何やってんだ!」
怒った口調の、杉谷の声だ。
「・・・・・・」
「お前らしくないぞ、どうしてこんなことするんだ?」
(勇次さん、なに怒ってんだ?・・・・・・珍しい。誰だ、相手は?)
圭祐以外の社員も驚いて、溶接の面を外して立ち上がる者もいる。
「黙ってたら、分からないだろう!」
「すみません。」
(・・・・・・女の声?つばき先輩か?)
「ちょっと来い!」
杉谷は、つばきの肩をポンと叩いて、会議室を示して歩き出した。
圭祐の定盤の横を通り過ぎる時、勇次は珍しく人を寄せ付けない様な表情をしていた。
つばきの定盤の方からは、片付ける音がしていたが、すぐにつばきも早歩きで通り過ぎた。
「で、どうしたんだ?」
つばきが部屋に入るなり、杉谷は同じ質問をした。
「・・・・・・つい、腹が立って・・・・・・」
「品物にか?」
「いえ、自分に・・・・・・、です。」
「自分に腹が立つと、品物を傷つけるのか?」
「いえ、でももう直りませんので、アレは」
「・・・・・・」
「でも、すみませんでした、嫌な気分にさせて。」
「・・・・・・三田、お前、十年かけてナニやってきたんだ?」
杉谷は反り返って、太い腕を組んで、続けた。
「品物を作るのを失敗したから、腹が立ってハンマーで品物を叩たいた・・・・・・、自分に腹が立ったせいなので別に悪気はなかった・・・・・・、そんなことを言う人間だったのか?お前は?」
「・・・・・・はい、そうです。」
「・・・・・・認めれば良いってことじゃ、ないぞ。分らんか?俺の怒っている理由が?」
「・・・・・・」
つばきは、目に涙をいっぱい溜めて、口を強く結んでいた。
(うちの娘みたいだな。強情なやつめ。)
勇次は、絶対に非を認めない娘の可奈がつばきと重なるのを感じた。
「どんな理由があっても・・・・・・、品物を殴ったりしたら、ダメだ。確かに溶接の順序を間違えたら、いけない品物だ、アレは。もしかしたら、どうやっても直らないかもしれん。だが、間違えたのは、お前だろう?どういうつもりなんだ、一体?怒ってふてくされれば、周りの連中も文句を言って来ない、・・・・・・お前が怒るくらいこの仕事は大変、とでも言いたいのか?」
「違いますっ!」
「じゃあ、何だ?その態度は?!」
「杉谷さんには、分からないですよ。出来ない人間の気持ちなんて・・・・・・」
「なんだ、泣けば済むと思ってるのか?」
いつしか涙が、出ていた。つばきはそれを、腹立たしく思った。
「俺には分からない?じゃあ逆に、お前に俺の何がわかるんだ?」
「・・・・・・」
「甘ったれるな!」
また、涙があふれ出した・・・・・・。
結局、杉谷先輩の言う通りだと思った。
少ししてから、ガッカリした様子で杉谷は出ていった。
一人になった部屋でしばらくしたら、だんだん落ち着いて来た。
(なぜあんな簡単なミスを?)
また、腹が立って来るのだが、今度はそこで真っ白になって行く自分を感じる余裕はあった。
(泣いた顔で、戻ってはダメ!泣いてどうするの!)
しばらくしてから、つばきはトイレに駆け込んだ。
・・・・・・圭介は、早い足取りで戻ってくる勇次の横顔をさり気なく観察した。
(・・・・・・鬼、の形相だな)
ペットボトルの水を口に含んで、目の前の品物を見た。
(・・・・・・五時までに終わるか?コレ?)
圭介は汗ばんだ手で溶接のトーチを握った。
(だが、出来ないなんて、誰が言えるんだ?)
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